察してほしいわけではないけど、一人っ子の苦労を想像できないのか疑問

朝から心底腹を立てています。

別に察してほしいわけではないけど、何もできないなら余計なことは言わずに黙ってろと思います。

悲しさの度合いは一人っ子だからどうこうはないでしょうが、兄弟姉妹がいれば手分けできることを一人でやらなければいけないので、物理的な負担はやっぱりあります。
それは死後も続きます。
まだまだ法要があるわけだし、保険などの書類手続きも残っています。
支払いもあるし。
正直誰かに手伝ってほしいけど、今の状況じゃ無理で。
子どもたちが大きかったら手伝ってくれたんだろうな…と思いますが。


そんな状況なので、ほぼ一人でやらなければいけません。
なので「もう落ち着いた?」と聞かれても「落ち着くわけないだろ」と思ってしまうわけです。
向こうが良かれと思って言ってくれているのもわかるし、こういう時って訃報を受けた側も失言が多くなるのもわかるんですが。


みんな悪意から言ったんじゃないと思います。
葬儀の時も義母に「今日はしっかりね」と言われて嫌だったのですが、それも私のことを思ってだとわかってはいます。
でも、当日の心境としては、しっかりしなきゃいけないのは自分でわかっているけどそれ以上に不安や心配で混乱しているのだから、人に言われたくないわけです。
また、喪主(私)がしっかりしなくても許してもらえるように、親しい人だけの『家族葬』にしたかったわけで。
形式とかどうでもいいし、温かく送ってあげられればそれで良かったのですから。
私の考えとしては、別に喪主だからといって、しっかりしていなければいけないというのはおかしいんじゃないか、と。
(そんなところでしっかりしなくても…と思いつつ、父の一周忌法要の時に泣き崩れた母に対して「しっかりして」と言ってしまった私ですが…^^;
きっと一周忌を終えて気が抜けたんでしょうね…今となってはわかる気がします。
それも少し後悔です。)

その「もう落ち着いた?」と聞いてくれた知人も(もしかしたら亡くなったとまで思っていなかったのかも…というフシがありますが。連絡入れたはずなのに^^;)、単に日常生活についてのことで、私の気持ちどうこうではなかったのかもしれません。


なので、受け取る私の方にも問題があるのは重々承知していますが、遺族にとってはデリケートな時期。
こういう時はやっぱり「黙ってお悔みのみに留める」が正しいんだと思いました。
よく『葬儀のマナー』などにも書いてありますが。
これから参列することも多いでしょうから、自分も心がけたいところです。

 

とにかく、まだ何も言われたくないし、口を出すならば手伝ってほしいというのが正直なところ。


でも一人っ子は苦労がある分、モメないというのもメリットだと思っています。
私の一存でなんでもできる。
家も私のものになるわけですから、一人でそこに住むということもできるわけです。


子どもたちが大きくなるまでの、せめてあと15年。
私自身の人生としては、あと30年頑張れば充分だと思っています。

その時のために子どもたちがやるべきことをしっかりと整理しておこう。