叱りすぎた後の自己嫌悪は、親として必要なことだと割り切るしかない…

先ほども書きましたが、なんだかまだ朝のショックから立ち直れずにいます。
今朝は私の体調が悪かったので、ちゃんと見てあげられなかった反省もあるのですが…。
でも、母親が見ていないと、まともに日常をこなせないというのは大問題です。
いなくなったらどうすんだ、と本当に思う。
いつ何があるかわからないので。

そんなわけで今朝のことに関しては、私も思うことがかなりあります。
涙をこらえながら学童に向かった姿を思い出すと、「叱りすぎて可哀想だったかな…」と思ったりもします。
私が厳しすぎるのかな…とも。

同じことをしても、ただ軽く注意だけして済ませるお母さんももちろんいるでしょうし、子ども同士のことだからと介入しないお母さんもいると思います。
(小学校低学年のうちは、子どもだけに任せるのは危険だと思いますけどね…)


そこと比べたらキリは無いので、うちはうち!の方針でいくしかないのですが。
そこで親がブレてしまうと子どもが混乱するので、やっぱりうちは「お友だちとの約束をやぶったら厳しく叱る」「きちんと謝りに行く」ということだけはさせようと思っています。
その経験を繰り返して、「約束は守る」「できない約束はしない」ということが身についてほしいです。

 

ただ今回は、本当に約束を忘れていただけ、みたいなので厄介なんですけどね…。
その物忘れが私の悩みのタネだったりもします。

 

「忘れた」って、わざとやったのと同じぐらいタチが悪いと思うんですよね。
その子の存在すら忘れてしまったとも言えるし、それってとても傷つくことです。
そうされた時に自分はどう思うのか?
そういう想像力を持てる子になってほしいです。(欠如している子が案外多い)

 

なので、厳しく叱りすぎてしまったし、本人も朝から泣いてしまったけれど、人の気持ちを考えられる人間になるためには必要なプロセスだったと思うしかありませんね。

叱りすぎてしまった後の自己嫌悪などは、親としても必要なことだと割り切るしかありません…。

 

もう嫌だなぁ、投げ出したいなぁ、と思うことが、最近本当に多い。
小学校の学年が上がるにつれて、どんどん悩みが変化してきて、深刻になってきている気がします。
まだ、同級生や同じ学校のお母さん方と話し合える環境なのが救いですが。

 

投げ出したいと思っても、ここで放置してしまったら育児放棄だな、と。
「育児放棄」というと、乳幼児の頃ばかりクローズアップされがちですが、小学生はまだまだ子ども。
この多感な時期をしっかり見てあげないのは、育児放棄以外の何ものでもないな、と思います。

過保護との線引きが難しかったりもしますが、それはまた別問題ってことで…。